天才よりも秀才を

前項でコミュ力について示しましたが、 コミュ力が高くても教えるものがなくては家庭教師はできません。 家庭教師自体の学力は絶対条件として必要です。 ですが言葉は悪いですが研究バカでは教えることはできません。 研究バカといわれる人のほとんどは天才が多く、 天才は人に教えることは向いていません。

天才の代名詞といわれる物理学者のアインシュタインをご存知でしょうか? 彼は小学校の授業は赤点だったそうです。 その理由は問題を見ると、答えが頭の中で勝手に浮かんでしまうそうで、 その問題を解く過程は分からなかったのです。 小学校の授業ではその過程が必要ですので、赤点も当然だったのです。 頭が良過ぎる人の常識と、一般人の常識とは違います。 教えてもらう側は過程が分からないのですが、 教える側が過程は常識であり知っていて当然。 こうなってしまうと話が噛み合うことはありません。

家庭教師にはお子様の疑問点に応えられる、 なぜ分からないかと気づくことができる知識や指導力をもった人が求められます。 天才ではなく秀才が向いているのです。 立派な家庭教師を雇っていても、 それだけでは先生と生徒の絆は築くことはできません。 雇っているのはあくまで大人である保護者です。 家庭教師に対して不満がある場合は、お子様の前でいうのではなく大人同士で話し合うものです。 保護者や家庭教師はあくまでサポートであり、 受験をするのはあくまでお子様であることを忘れてはいけません。